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【Pray for】3.11

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おはようございます。

ご訪問下さり、ありがとうございます。

 

本日3月11日は、東日本大震災から6年です。

東北地方の一層の復興をお祈り申し上げます。

 

6年前の衝撃

6年前の3月11日

あれからもう6年も経ってしまったのか、という気持ちと、まだ6年しか経っていないのか、という気持ち、どちらも私の中では共存しています。

6年前の東日本大震災。

私は大学生でした。アルバイト先で働いていた矢先、大きな揺れとともに、職員の方々と外へ避難。

隣のビルの一階のガラスが一気に割れ、粉々になったのを目にしました。衝撃の瞬間でした。

信号機は消えて、車が立ち往生。駅前だったバイト先から駅を見ると、みるみる人が溢れ出してお祭り状態に。

もう何が起きているのか、わからない状態に。

 

節電

計画停電で送る生活

初体験でした。ろうそくを灯して生活した何時間。

でも東北の人たちは、もっと長い時間そうやって電気や水のない中で過ごしていたんですよね。本当に大変でした。

大変って口では簡単に言えても、きっと体験した人にしかわかりえないこと。

それに比べたら、電気がない何時間なんてどうってことない、と言いたいところですが、やはり大変でした。

冷蔵庫もエアコンも、もちろん電気もつかない生活。

今では当たり前となっていることが機能していない生活。何だか異様な光景だと思えるくらいでした。

 

家族が一堂に、ただ集う

ろうそく一本の元に家族が集う。

そんな時間、今まであったかな。小さい頃にキャンプへ行って、火の前で家族が集まったくらい?

住んでいた地区は夕方の時間帯に計画停電を実施する機会が多くありました。ろうそくや懐中電灯、それもただではありませんので、我が家は各自が部屋で過ごすということは禁止に。

計画停電が開始になると、皆がリビングに下りてきて、ただ座って明かりを囲んで会話する。なんだか不思議な空間でした。

それと同時に、不謹慎かもしれませんが大切な時間だと思えました。

 

災害を経て

避難場所を決めた

関東地方は幸い、そこまで大きな被害はなく東日本大震災を終えました。

ですが、いつ首都直下型の地震が訪れるのか、その後ヒヤヒヤしてたまりませんでしたよね。(今も尚、ですね)

ニュースではいつ起こってもおかしくない状況だという話があったり。

昨今の熊本県の地震も然りです。

そのためにも家族の避難場所を決めました。

何かあったら近くの高校の校庭に集合。それが私たち家族の避難場所です。

 

寄付をした

震災後しばらくして就職してしまった私。

そのため被災地へボランティアへ行くということは叶いませんでした。ですが妹がその意志を継いで、ボランティアへ行きました。

被災地はまだまだ復興が乏しく、本当に同じ日本人がここで命を落としたのかと思うと、信じられないし、信じたくないと話していました。

なかなか現地に行き、被災地支援に従事するということは難しいことです。

私にできること・・と考えた結果、東日本大震災の復興のために、毎年多くはないですが募金をすることにしています。

 

備蓄品の常備

備蓄品を揃えられた方は結構多いのではないでしょうか。

我が家でも家族4人分(まだ結婚していなかったので)の備蓄品、食料、水、だったりを最低限過ごせる日数分、常備することにしています。

震災をきっかけに、やはり意識が変わりました。

家族に対しては、一層そのような想いが強く芽生えたと言いましょうか。

命を守る、という意味でも、最低限の準備はしておきたいと思います。

 

今後も

 

まだまだ完璧な復興には到底及ばない東北地方。

そして何よりも被災者の方の心の傷は一生涯、癒えないものだと思います。

同じ日本人として、協力し、少しでも東北の方々の支援になることを行っていきたいですね。

東京オリンピックも控えている今、東北をアピールし、活性化につなげていってほしい、そんな想いを強く持っています。

そして個人単位でもできること、東北へ行く、募金をする、なかなかうまく思いつきませんが、少しずつでも集まれば大きな力となります。

東日本大震災から6年の本日、より一層の復興を心から願ううちの一人です。

 

 

 

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